金融政策の背景
意外と複雑なんですね。
こんな仕組みになっているとは意外な事でした。
日本銀行が公開市場操作で銀行等の金融機関から国債や手形を買うことで資金を供給し、市中に出回る金の量が増えて、金利が低下し、金融緩和となる。公開市場操作での債券の売買に応じるかどうかは民間金融機関の自由であり、金融機関から申し込まれた金額が、入札予定額に達しない札割れと呼ばれる現象も起きている。資金供給オペレーションでの札割れは、十分な資金が金融機関に供給されていることを意味する。日銀当座預金は利子がつかないため、金融機関が余った資金を市場での運用や融資に振り向けるので、年0.15%に誘導されていた無担保コール翌日物の金利が0%近くまで低下し、事実上のゼロ金利政策ともなっている。銀行に大量に資金を供給することで金融不安を抑制したとも言われる。
日銀は生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率が安定的に0%以上になるまで続けることを約束した。このことにより、消費者物価が0%以上になるまでゼロ金利政策・量的緩和政策が継続されると予想されるので、より長い期間の金利も低下し、金融緩和の効果を高めるとされており、時間軸効果と呼ばれる。日銀当座預金残高の目標は5兆円程度とされていたが、2001年8月から8回にわたり、段階的に引き上げられ、2004年1月以降は30兆から35兆円程度となっている。
2006年3月9日の金融政策決定会合において、消費者物価指数が前年比上昇率が4ヶ月連続して0%以上になったことから、解除のための条件が満たされたと判断し、約5年ぶりに解除されることが決定した。
背景
金融政策は、そのほとんどの場合、金利(とくに短期金利)を目標に実施される。しかし、幾度かマネーサプライを目標にしたことがある。最も有名な例は、1970年代末期から1980年代初めにかけてFRBが行なった新金融調節方式である。このときの目的はマネーサプライの伸びを抑制しインフレーションを撲滅することであった。このため、目標にされなくなった金利は急上昇し、インフレ率は低下した。
日銀による量的金融緩和はその逆で、マネーサプライの伸びを促進しデフレを撲滅することが目的であった。この政策はインフレ抑制の場合と違い金利がゼロ以下にならない制約があるため効果発揮への期待が薄かった。さらに、すでに名目金利はゼロ近くに誘導しているところにデフレが進行したため、実質金利を引き下げる手立てが無くなり、金融政策の打つ手はこれ以上考えられなかった。
副作用すらはっきりしていない、この政策を実施せざるを得なくなったのは前年の政策ミスが背景にあった。
2000年8月、日銀は日本経済の見通しが明るいとしてゼロ金利政策を解除した。金利機能を取り戻したいと言う日銀たっての希望の下での決定であったが、2000年秋からITバブル崩壊後の厳しい設備投資後退で景況は急速に悪化していった。このため、早くも半年後に政策転換を余儀なくされる結果となった。議会などからは、日銀の政策錯誤への責任を問う声が上がり、独立性を侵害されかねない状況となった。このような状況下において、より強力な金融緩和姿勢を表す量的緩和が実施されることとなった
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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